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東京地方裁判所 昭和44年(ワ)1090号 判決

原告

野口英吉

野口喜久枝

代理人

芹沢孝雄

相磯まつ江

被告

西新井相互自動車

株式会社

代理人

赤坂軍治

補助参加人

酒巻良行

有限会社酒巻印刷

代理人

江口保夫

主文

一  被告は原告野口英吉に対し、金一六七万八五三三円およびうち金一三〇万〇五四八円に対する昭和四四年二月一五日以降、うち金一七万九五八六円に対する昭和四四年六月一二日以降、うち金二万五〇六六円に対する同年九月一八日以降、うち金三万三一九二円に対する昭和四五年二月五日以降、うち金四万九五九六円に対する同年六月一一日以降、うち金三万〇六六八円に対する同年一〇月一五日以降、うち金五万九八七七円に対する昭和四六年三月一七日以降、各支払い済みに至るまで、年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は原告野口喜久枝に対し、金七八万三三〇〇円およびうち金五四万円に対する昭和四四年二月一五日以降、うち金一一万七八二〇円に対する昭和四四年六月一二日以降、うち金七万〇〇四〇円に対する同年九月一八日以降、うち金五万五四四〇円に対する昭和四五年二月五日以降、各支払い済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用はこれを三分し、その二を原告らの、その一を被告の、各負担とする。補助参加によつて生じた費用は、補助参加人の負担とする。

五  この判決は、主文第一、二項に限り、仮りに執行することができる。

事実

第一  当事者双方の求める裁判

一  (原告ら)

(一)  被告は、原告野口英吉に対し、金五九五万一七四五円ならびに、うち金一五七万六〇四〇円に対する昭和四四年二月一五日以降、うち金七三万二七二五円に対する同年六月一二日以降、うち金四二万九九八〇円に対する同年九月一八日以降、うち金四六万四〇五八円に対する昭和四五年二月五日以降、うち金四九万七六七二円に対する同年六月一一日以降、うち金四七万二二五〇円に対する同年一〇月一五日以降、うち金一七七万九〇二〇円に対する昭和四六年三月一七日以降、それぞれ完済に至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

(二)  被告は原告野口喜久枝に対し、金二八〇万〇八〇〇円ならびにうち金一二五万七五〇〇円に対する昭和四四年二月一五日以降、うち金四一万七八二〇円に対する同年六月一二日以降、うち金三四万五三二〇円に対する同年九月一八日以降、うち金五八万〇一六〇円に対する昭和四五年二月五日以降、うち金二〇万円に対する昭和四六年三月一七日以降、それぞれ完済に至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

(三)  訴訟費用は被告の負担とする。

(四)  仮執行の宣言

二  (被告)

(一)  原告らの請求を、いずれも棄却する。

(二)  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  請求の原因

一  (事故の発生)

原告らは、次の交通事故により傷害を受けた。

(一)  発生時  昭和四三年五月一六日午後五時一〇分頃

(二)  発生地  東京都台東区東浅草二丁目二四番一一号先交差点

(三)  加害甲車 事業用普通乗用自動車(足立五え二五八五号)

運転者  訴外今井四郎

(四)  加害乙車 自家用普通乗用自動車(足立五ふ七八一三号)

運転者  参加人酒巻良行

(五)  被害者  原告ら(甲車に乗客として乗車中)

(六)  態様   徐行義務を怠つた甲車と一時停止義務を怠つた乙車とが出合頭に衝突した。

(七)  原告英吉の傷害の部位・程度・後遺症

(部位) 頭部外傷、頸椎捻挫、頭部挫傷、右肘・右膝挫傷

(入院) 昭43.5.17〜43.6.3 岸病院

(通院) 昭43.5.16 高橋外科病院(一日)

昭43.6.4〜43.4.30 岸病院

昭44.5.14〜45.12.23 貴家病院 (実日数四二八日)

昭45.1 45〜.4

江原鍼灸(三六回)

(昭和四五年一二月末当時の後遺症)

頭重感、頭部から肩部にかけての疼痛と緊張感、時に神経痛様疼痛

(八)  原告喜久枝の傷害の部位・程度・後遺症

(部位) 頭部外傷、頸椎捻挫、右肘打撲、右小指つき指

(通院) 昭43.5.16 高橋外科医院

昭43.5.17〜44.11.12 岸病院

(昭和四四年一一月当時の後遺症) 左頸部の不定愁訴

二  (責任原因)

被告は、加害甲車を所有し、自己のため運行の用に供していたものであるから、自賠法三条により原告らの蒙つた損害を賠償しなければならない。

三  (原告英吉の損害)

同人が本件事故により蒙つた損害は別表1のとおりである。

なお、同人は当時不動産の売買、賃貸等の仲介を業とし、一ケ月当り金五万円以上の純利益を得ていたが、前記治療に伴ない、昭和四三年五月一六日から昭和四四年一月末まで全休を余儀なくされ、その後昭和四五年一二月までは稼働していたものの、通常の四割程度の仕事しかできなかつた。また、前記の如き後遺症状のため、同人は、就労可能である一一年間、一割の得べかりし利益を喪失するものとみるのが相当である。

四  (原告喜久枝の損害)

同人が本件事故により蒙つた損害は別表2のとおりである。

五  (結論)

よつて、被告に対し、原告英吉は金五九五万一七四五円、原告喜久枝は金二八〇万〇八〇〇円およびこれらに対する訴状送達の日の翌日以後ないし請求拡張申立書の送達の翌日以後の日である前記原告ら申立の期日以後支払い済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第三  被告の主張

一  (請求原因に対する認否)

第一項(一)ないし(五)の事実は認めるが、(六)の事実は否認し、(七)、(八)事実は不知。

第二項の事実は認める。

第三、四項の事実は不知。

二 被告の主張

(一)  原告英吉について

1  原告英吉の受けた傷害は軽度のもので、頸椎捻挫の症状は専ら原告英吉の愁訴によるもので、治療は昭和四三年八月中旬をもつて打切られるべき程度のものであつた。そして、右時点以降の症状は専ら心因性に基づくもので、被告に支払いを請求をできる筋合ではない。

2  また同原告は既往病歴として肺肋骨を数本切断しておりまた低血圧症であつた。しかも、原告英吉は不件事故前の昭和四二年一二月一日に訴外伸光運送株式会社所有普通貨物自動車にはねとばされ、頭部外傷、頸椎捻挫の傷害を受け、本件事故当時通院治療中であつたのであつて、右のような既往症、本件事故前の事故による受傷が、本件の症状および治療に少なくとも二割程度は影響を及ぼしているから、原告の蒙つた損害のうち二割分は被告にその支払いを求めることができない。

3  右のような原告英吉の症状等からすると、本件事故と相当因果関係にある治療費は金二四万円、慰藉料は金一八万二〇〇〇円である。また、原告英吉は入院中は別として、通院中は稼働が可能だつたと推定されるから、同人の逸失利益は金五万円となる。

(二)  原告喜久枝について

1  原告喜久枝の受けた頸椎捻挫等の傷害は他覚的所見がなく、専ら本人の愁訴によるもので、しかも心因性のものと考えられ、その程度も休業をしなければならない程度とは考えられない。

2  したがつて、同原告の損害のうち逸失利益を認めるのは、相当でなく、治療費についても三ケ月分金二七万円に限つて認めるべきで、また慰藉料も金一五万円が相当である。

第四  補助参加人の主張

原告英吉は不動産業を営んでいると主張するが、いまだ納税申告をしたことなく、その収入も月平均金二万七二〇〇円であつて、原告喜久枝の収入により生活していたものと思われ、また通院中も何らかの収入を得ていたものと考えられるので、同人の休業損害は入院一ケ月のみに限つて認めるのが相当である。

第五  原告らの反論

一  原告英吉

(一)  原告英吉の受けた主たる傷害は、頸部捻挫、いわゆる「鞭打ち症」であるが、この頸部捻挫については、外傷によつて頸部の如何なる部分に如何なる変化が起きているかについて医学者の間でも明確に把握されていないが、他覚的に異常が認めらたれるものは重症の部類に属するといわねばならないところ、原告英吉の場合、当初から他覚的に、頸部に異常が認められた。したがつて、原告英吉の頸部捻挫は重症で容易に治癒しないもので、同原告に対する治療が昭和四三年八月中旬で打切らるべきとの被告の主張は根拠が極めて薄弱であり、鞭打ち症にうめく原告英吉の症状を全く理解していないものである。原告英吉は、右時点以降も昭和四四年五月一三日まで岸病院で治療を受け、同病院での治療費を支払えないため体よく同病院の診療を打ち切られ、その時点でも苦痛甚だしく、貴家病院での診療を受け、昭和四五年一二月二三日まで通院加療を受けた。それにも拘らず、同原告には前記したような後遺症が残つたものである。

(二)  原告英吉が昭和四二年一二月一日に交通事故に遭遇したことは事実であるが、右事故によつて蒙つた傷害は、本件事故時には概ね治癒していたのであつて、本件傷害に与えた影響は一割程度にすぎぎない。しかし、いずれの事故によつたものか決定的には断定できないのであるから、両者は共同不法行為の関係にあり、第一回事故の伸光運送株式会社と本件事故の被告会社とが、不真正に連帯して、原告英吉の蒙つた全損害を賠償すべきである。

(三)  原告英吉は事故後昭和四四年一月末まで苦痛に呻吟し、仕事に従事し得えず、その後も、毎月二〇日以上も通院し治療に専念してきたもので、この通院が仕事に大きな影響を与えたことは容易に判断できることである。

しかも、原告英吉の営む不動産業は周知のとおり、ある程度の法律知識と長時間の客との接渉が必要とされるのであるから、原告英吉の受けた傷害が、仕事に重大な支障をもたらしたことは明らかである。

二  原告喜久枝

原告喜久枝の傷害は入院を要する程の重傷であつたが、当時中学三年の子供を家に一人でおくにしのびず、やむなく入院を断念し、通院治療をしたもので、そのため、牽引治療を受けていた。同原告の症状は一進一退を繰り返しつつ、軽快していたが、昭和四四年二月においても脳波に異常があり、その後も不定愁訴を訴え続けていた。

第六  証拠関係〈略〉

理由

一(事故の発生および責任の帰属)

原告ら主張の請求原因第一項(一)ないし(五)の事実は当事者間に争いがない。

被告が態様の点を争うので、まずこの点から検討するに、〈証拠〉によれば、本件事故は原告らが乗車した加害甲車の前部と加害乙車の左側部が前記交差点において衝突して生じたこと加害甲車の進行していた道路の幅員は約九米であり、加害乙車の進行していた道路の幅員は約一一米であること、加害甲車の速度は衝突直前時速六〇粁を超えていたことが認められる。

そして、原告ら主張の請求原因第二項の事実は当事者間に争いがない。

これによると、被告は自賠法三条にいう運行供用者として、原告らが本件事故により蒙つた損害を賠償しなければならない。

二(原告野口英吉の損害)

(一)  (同人の受けた傷害の部位・程度)

〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。

1  原告野口英吉は、前記事故の際、加害甲車の後部右側座席に乗つていたが、衝突の衝撃により、右肘と右膝を前部座席に激突したほか、前額部を運転席後部のガラス板に激突し、さらに頭部が後部に大きく振られてしまつた。同原告は事故当日、現場付近の高橋外科医院で、頭部挫傷、右肘・右膝挫傷として、診療を受けたが、翌日になると項部の痛みが出現したため、昭和四三年五月一七日同原告の近所の岸病院に入院した。その当時、原告英吉は、頭痛、項部痛、左手指の知覚過敏を訴えていたが、他覚的所見は頸椎の位置異常が多少ある他は、特に目立つたものはなかつた。その後の同人の治療経過は次のとおりである。

(イ)  昭43.5.17〜6.3 岸病院入院

(ロ)  昭43.6.4〜44.5.13 岸病院通院(実日数二七九日)

(ハ)  昭44.5.14〜46.2.24 貴家病院通院(実日数四七九日)

(ニ)  昭45.1.9〜45.2.25 江原鍼炙マッサージ治療(実日数三六回)

2  同原告は、岸病院において、頭部外傷、頸椎捻挫であるとして、入院中は安静にしての消炎等の注射治療を受け、通院するようになつてからは、牽引、マッサージ、熱気浴、赤外線等の理学療法を受け、その症状は、頭痛頸部痛、頭重感のほか、右手背ないし右肘関節のしびれや、、痛み、左手指の知覚過敏等であつたが、脳波も昭和四三年八月中旬頃には正常となり、昭和四四年五月頃には、軽度の頭痛と右側項部に軽度の運動痛、圧迫痛がある他他覚的には所見がない程に回復し、普通の業務だつたら、余り大きな支障が生じない程度の症状となつていた。

3  ところが、同原告は、項部、背部の筋痛、頭痛、左手指のしびれ感を訴えて、頸椎捻挫ないし外傷性頸椎腕症候群であるとして、前記の如く貴家病院および江原鍼炙の治療を受け、右病院でも牽引、マッサージ、熱線照射等の治療を受けたが、その症状は一進一退をし、遂に昭和四六年二月二四日に症状固定したものとして治療を打切るとされた。

その最終時の同原告の症状は、持続せる頭重感、項部から肩部にかけての疼痛、緊張感、時に神経痛様の疼痛や眼精疲労を訴え、その他頸椎回転時の疼痛と大後頭神経の著しい圧痛と、右上肢の筋力低下が残つた。

4  ところで、同原告が本件事故に遭遇する前の昭和四二年一二月一日北区上十条三の二九の二先路上において、同原告の運転していた原動機付自転車が訴外三宅満雄の所有、訴外長谷川竹美運転にかかる普通貨物自動車に接触して、同原告ははねとばされたため、頭部外傷、左胸部打撲、第三肋骨亀裂骨折、右肘挫傷血腫、左臀部打撲(その後症状から頸推捻挫の疑いも出てきた。)の傷害を受け、同日から前記岸病院において治療を受けていたが胸の痛みが強くなり、また頭重感を訴えるようになつたため、同月六日同病院に入院するに至り、昭和四三年一月一七日まで入院し、以後本件事故時まで同病院に通院していて(実日数一〇九日)まだ仕事を始めてはいなかつた。

その間、同原告は、頭重感、右頸部から右手にかけての鈍痛、右手脱力感を訴え、同病院において熱気浴、赤外線照射、低周波、マッサージ等の治療を受けたが、本件事故時にもやはりそのような症状が残つていた。

5  また、同原告は昭和四四年六月頃から低血圧症のため貴家病院において、頸椎捻挫のほかに、内科治療も受けた。

以上の事実が認められ、これに反する証拠はない。

右のような治療経過および症状によると、原告英吉は頸推捻挫の治療のため昭和四六年二月二四日まで外科的療法を受けたが、同人は既に岸病院での治療を打切つた昭和四四年五月一二日当時、心理的療法と、本人の社会復帰への意欲、社会生活への訓化により、その労働能力回復が期待できる段階に至つていたことが認められ、かつ右認定の傷害部位、治療経過、その間およびその後の症状に鑑みると、原告英吉は右岸病院での診療打切りの時点で自賠法施行令二条別表一二級一二号に該当する後遺症状を残すに至つたものの、その後の診療により貴家病院での診療を打切つた時点ではその残された後遺症状は同別表一四級九号に該当する程度となつていたと認められる。

ところで、右認定のとおり、原告英吉は本件事故に遭遇する約半年前に頭部挫傷等の傷害を受け、本件事故当時、頭重感右肩から右手にかけてのしびれ感等を訴え、しかも脳波も軽度異常な状態にあつたため、通院診療を受けていたのであり、本件事故後の原告英吉の症状に鑑みても、このような以前の受傷が同人の本件受傷およびその後の症状に影響を与えていることは容易に推認される。このような場合、加害者が被害者に賠償しなければならない損害の範囲は、加害者の違法な行為によつて生じたものに限られるのを原則とするから、特別の事情の認められない本件では、被告が前事故により生じている損害についての責任を負わなければならない筋合はない。しかし本件では、前認定のような原告英吉の受傷態様、受傷部位・症状および公知であるところの頸推捻挫の一般的所見に鑑みると、同人の受傷およびその後の症状が本件事故のみによつて生じた蓋然性も極めて高いものと判断されるから、本件事故以前の何らかの事情によつて生じたものであると認められる範囲の損害に限つて本件事故と相当因果関係のないものとするのが相当である(したがつて、本件事故以外の事情によつて寄与された部分があることの反証責任は被告側にある。)。そのような観点から本件を見るに前記認定のような両事故の際の受傷態様およびその後の症状、証人兼鑑定人岸広豊の供述により認められるところの本件事故直前時の原告英吉の症状にくらべ本件事故後の同人の症状の方がより重かつた事情に前記したような事情を考慮すると、原告英吉の本件事故後の傷害のうち、少なくとも一割は本件事故と相当因果関係のないものとして、被告に負担を求めることはできないといわなければならない。

原告はこのような時間を異にする同種不法行為についても共同不法行為が成立し、両加害者は連帯して負担すべきである旨主張しているが、この考えには賛成できない。

また、被告は、原告英吉に結核の既行歴があり、肋骨を切除していることが前記のような同人の症状に寄与している旨を主張し、原告英吉の供述(第二回)によれば、同原告は昭和二七年末頃結核に罹患し、二年余の入院治療をし、その際肋骨手術を受けていることが認められるが、右事実のみでは、これが前記のような同人の症状に寄与していると認めることができず、このほかこれを認めることができる証拠もない。かえつて右尋問の結果によれば、同原告は結核治療後は、重労働に従事しても、特段の支障がなかつたことが認められ、この既往歴が本件症状に影響を与えているとは認められない。また、被告は、同原告が低血圧症であつて、これが影響している面もあると主張するが、本件事故以前に同原告が低血圧症であつたことを認めることのできる証拠はないから、これは考慮しない(しかし、前記認定のとおり、本件受傷約一年後に低血圧症としての診断を受け、その治療を受けているが、これが本件事故と因果関係があると認めることのきできる証拠はないので、これによる損害分は本件事故と相当因果関係がない。この点は、原告も認めているところである。)。

(二)  (治療費関係)

金七七万一七七九円

別表3掲示の各証拠によれば、本件事故と相当因果関係のある、原告英吉についての、治療費、診断書料、マッサジー料、担当医師看護婦への謝礼、通院交通費は同別表各遅延損害起算日毎の各欄に記載のとおりである(本件事故による固有の損害であることの明らかな診断書料、担当医師看護婦への謝礼は減額すべきでない。)。

なお、同原告は、貴家病院治療費について、療養給付の全額の支払いを求めている。そして、原告英吉の供述(第一回)およびそれにより真正に成立したと認める甲一五号証によれば、原告英吉は貴家病院での治療を受けるのに国民健康保険を利用し、治療費のうち三割を自己で負担したこと、その際、北区長に対し第三者の行為による傷害届をなし、診療費の七割は被告から裁判にて取り立てを支払う旨約したことが認められる。しかし、国民健康保険法によれば、被保険者は療養の給付を受ける際、診療報酬額の十分の三に相当する額を、一部負担金として、当該療養取扱機関に支払わなければならないが(同法四二条)、保険給付が制限されるような特段の事情がある場合を除いては(同法五九ないし六三条。被保険者が第三者の行為に帰因する交通事故により受傷した場合に療養の給付を行わないことはできないことは明らかである。)、それ以上の支出を強いられることはないのであつて、原告英吉に診療報酬のうち十分の三を超えるものについても損害が生じたと認めることはできない。もちろん、保険給付事由が第三者の行為によつて生じた場合には、保険者(本件では北区)は、給付の価額の限度において被保険者(この場合には原告英吉)の第三者に対して有する損害賠償の請求権を取得するが(同法六四条)、原告英吉においてこの権利を行使できる根拠は見出し得ない。よつて、貴家病院における診療費は、診療報酬の三割に限つて認める。

また、前記したような原告英吉についての治療経過および症状によると、同原告は貴家病院における診療を受けようとする頃に、その症状は既に固定の段階にあつたのであるから、同原告に後記認定されるような密度の高い通院治療が必要であつたか否か疑問なしとしないが、前記症状に鑑みると、少なくとも診療費の三割と通院交通費は、各々その九割に限り本件事故と相当因果関係があると認めるのが相当である。

(二)  (休業損害)

金四三万六七五四円

〈証拠〉によれば、原告英吉は当時五〇才であつて、宅地建物取引業者免許証を有して不動産の仲介業を営んでいたものであるが、自宅を事務所とし、電話による注文が主であつたこと、そのような営業形態であつたため、客は、殆んどが従前からの知合ないしその紹介によるものに限られていたこと、昭和四二年の同人の税務署に対する申告所得額は金三九万七六四〇円であること、同人は昭和四三年一月から同年四月末までの間に(これは前記したように本件事故以前の事故のため診療を受けていた期間中である。)、手数料等として訴外有泉株式会社等から金二八万四〇〇〇円を得たことが認められる。ところで、右のような同人の営業形態からすると、同人の営業にはある程度の経費がかかることは容易に推測されるところであり、その収入のみに基づいて休業損害、逸失利益の算定の基礎とすることも相当でない。とくに、宅地建物取引業者は、建設省令の定めるところにより、その業務に関する帳簿の備えつけが義務づけられているから(宅地建物取引業法一八条の三)、その収入関係も、また客観的に明らかなはずであり、原告英吉の収入については、税申告の所得を基準とするのが相当である。そうすると、同人の日当りの実益は金三九万七六四〇円を一一で除した金三万六一四九円であつたと算定するのが相当である(前認定のとおり、同人は昭和四二年一二月一日に事故に遭遇し、間もなく入院しているので一一で除するのが相当である。)。

ところで、前記認定したような原告英吉の治療経過および症状に、同人の年令、営業取種、営業形態を併せ考えると、同人の労働能力喪失の割合は、本件事故後脳波正常となつた昭和四三年八月末までが一〇〇%、その後岸病院での診療を打切つた昭和四四年五月末までが六〇%その後貴家病院での診療を打切つた昭和四六年二月末までが一四%その後一年間が五%と判断するのが相当であつて、これを超える休業損害、逸失利益は本件事故と相当因果関係にあるものとは認められない。

これによると、原告英吉の本件事故と相当因果関係にあると容認される休業損害、逸失利益の各遅延損害金毎の金額は、別表3各欄のとおりである。

(四)  (慰藉料) 金八二万円

以上説示したような、原告英吉の受傷態様、部位・程度その治療経過に、本件受傷の部位・程度が本件事故以外の第三者の行為によつて寄与されている面のあること等諸般の事情に鑑みれば、原告英吉が本件事故によつて蒙つた精神的損害は金八二万円をもつて慰藉するのが相当である。

なお、前記認定のとおり、原告英吉は長期間に亘り通院を続けているが、岸病院での診療打切り当時既に症状固定の段階になつていたのであるから、その時点までの入・通院およびその時点での後遺症状が慰藉料額斟酌にあたつては重要なのであつて、その後の貴家病院での通院は重要な斟酌要素とならないと解するのが相当である。

(五)  (原告英吉主張の控除額)

同原告は、蒙つた損害のうち金五〇万円を控除して請求しているので、これも同人主張の如く別表3、1(7)で控除する。

(六)  (弁護士費用) 金一五万円

以上のとおり、原告野口英吉は被告に対し金一五二万八五三三円の損害金の支払いを求め得るところ、同原告の供述(第一回)によれば、同原告は、被告が任意の支払いに応じなかつたため、やむなく訴外弁護士吉成重善に訴訟提起を委任し、弁護士会所定の報酬の範囲内で金一〇万円を着手金として支払つたほか、弁護士である本件原告代理人に対し、成功報酬として金三〇万円を成功時に支払う旨約定していることが認められ、右認定に反する証拠はない。

しかし、本件事案の内容、審理の経過、認容額に照らすと、原告野口英吉が被告に負担を求め得る弁護士費用相当分は金一五万円である。

三(原告野口喜久枝の損害)

(一)  (同人の受けた傷害の部位・程度)

〈証拠〉によれば、次のような事実が認められる。

1  原告喜久枝は本件事故のため、右肘打撲、右小指つき指、頭部外傷、頸椎捻挫の傷害を受けた。その後の同人の治療経過は次のとおりである。

(イ)  昭43.5.16 高橋外科医院(通院一日)

(ロ)  昭43.5.17〜44.11.12 岸病院通院(通院回数、43・5―14・6―29・7―26・8―22・9―15・10―11・12―4・44・1―13・2―0・3―4・4―6・5―6・6―5・7―2・8―3・9―6・10―6・11―2)

2  その間、同人は当初、後頭部痛、頭重感、頸部痛、肩こり等を訴えていたが、当初の症状は重く病院側から入院治療を勧められたこと、しかし、同原告は、夫の原告英吉が入院しており、子供のために入院をしなかつたこと、同人の脳波は軽度異常であつたが、種々の治療の結果昭和四四年四月頃に正常となつたので、それ以降は外科的療法は打切つた。しかし、その間でも、同人は首の牽引治療を受けたりしていたが、軽快するのが早く、同人は昭和四三年八月末頃には肩こりと天気の悪い時などに頭痛がある他自覚症状がなくなつていた。

以上の事実が認められ、これに反する証拠はない。

右のような治療経過および症状によると、原告喜久枝は頸椎捻挫等の治療のため、昭和四四年四月末まで外科的療法を受け、その後同年一一月一二日まで投薬治療を受けているが、同人の症状は、昭和四三年八月末頃当時に、心理的療と、本人の社会復帰への意欲、社会生活への訓化によりその労働能力回復が期待できる段階に至つていたことが認められるが、その当時の後遺症状は自賠法施行令二条のいずれの級にも該当しない程度であつたと認められる。

(二)  (治療費関係)

金七一万五三二〇円

別表4掲示の各証拠によれば、本件事故と相当因果関係ある、原告喜久枝についての、治療費、診断書料、医師等への謝礼は同別表各遅延損害起算日毎の各欄に記載のとおりである。

なお、前記認定したところによれば、同人の症状は昭和四三年八月末頃には、自覚症状が殆んどない程度に軽快していたものであるが、当時においても同人の脳波は異常であり、それが正常になつたのは昭和四四年四月末であつたので、それまでの間の治療が相当でなかつたとはいえず、そのような長期間の異常であつたことに鑑みると、その後七月間の投薬治療もやはり、本件事故と相当の因果関係があるものとするのが相当である。

(三)  (休業損害)

金一五万九五〇〇円

〈証拠〉によれば、原告喜久枝は本件事故当時、訴外十条銀座商店街振興組合に勤務し、同組合から一ケ月当り金二万九〇〇〇円の給与の支払いを受けていたが、本件事故による受傷のため事故日から昭和四四年一月末まで休業し、その間右給与の支払いを得られなかつたことが認められ、右認定に反する証拠はないが、しかしながら、前記認定のような同人の傷害の部位、治療経過および症状に鑑みると、同人の労働能力の喪失割合は、脳波が異常であつたこと等を考慮に入れても、昭和四三年八月末までが一〇〇%、同年九月から昭和四四年一月末までが四〇%と判断するのが相当であつて、これを超えるものは本件事故と相当因果関係のあるものとは云えず、被告に負担させることはできない。

これによると、同人の休業損は、次のとおり金一五万九五〇〇円と算定される。

(四)  (慰藉料) 金三〇万円

以上説示したような、原告喜久枝の受傷部位・程度、治療経過等諸般の事情に鑑みれば、原告喜久枝が本件事故により受けた精神的損害を慰藉すべき額は金三〇万円が相当である。

(五)  (原告喜久枝主張の控除額)

原告喜久枝は、同人の蒙つた損害のうち金四六万一五二〇円を控除して請求しているので、別表4、1、(7)においてこれを控除する。

(六)  (弁護士費用) 金七万円

以上のとおり、原告野口喜久枝は被告に対し金七〇万三三〇〇円の支払いを求め得るところ、同原告の供述によると、被告がその任意の支払いに応じなかつたため、やむなく訴外弁護士吉成重善に訴訟提起を委任し、弁護士会所定の報酬の範囲内で金一〇万円を着手金として支払つたほか弁護士である本件原告代理人に対し、成功報酬として金二〇万円を成功時に支払う旨約定していることが認められ、右認定に反する証拠はない。

しかし、本件事案の内容、審理の経過、認容額に照らすと、原告野口喜久枝が被告に負担を求め得る弁護士費用相当分は金七万円である。

四(結論)

よつて、被告に対し、原告野口英吉は金一六七万八五三三円およびそのうち、別表3の各遅延損害起算日毎に明示の各金員に対する事故発生の日後であり、かつ金員債権発生の後である各遅延損害起算日から支払い済みに至るまで民法所定の年五分の割合による各遅延損害金の、原告野口喜久枝は金七八万三三〇〇円およびそのうち、別表4の各遅延損害起算日毎に明示の各金員に対する事故発生の日の後であり、かつ金員債権発生の後である各遅延損害起算日から支払い済みに至るまで民法所定の年五分の割合による各遅延損害金の、各支払いを求め得るので、原告らの請求を右限度で認容し、その余は棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法、八九条、九二条、九三条、九四条を、仮執行の宣言については同法一九六条を、各適用し、主文のとおり判決する。

(田中康久)

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